角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

にっさんするのは。

 

ずっと前に郵送した履歴書が先日やっと戻ってきた。応募者30名弱だったという。
募集内容は校正作業補助というもので、校正作業については、自分の仕事はほとんど責校で任されていたから、校正記号などには詳しくないが日常動作と密接な関連があった。
パソコン作業については、全く無問題だ。なんなら人に教えることも可能だ。年代的にもすでに中高年が活躍していると要綱に書いてあったので、わたくしだけが突出して高年齢というわけでもないと思う。
  
業務経歴書が要求されていたので、きちんと打った。手書きが良いってこともないと思うけど。あとで見返しても、なかなかちゃんとした経歴書ではあると思った。だから30名弱と聞かされても、なんとなくいけそうな予感があった。定年が70歳であったので、うまくいけば、ややしばらく働けると思った。
  
どうしてだめだったのか、理由はわからずじまいなので、どうにも。
 
ハロワの人間は、自営業がイキていると心証が悪いと言っていて、それはちょっと信用できない言葉だと思うけど、とりあえず、廃業届を出しておいた。
自分の誇りに思うきちんとした仕事経歴が、むしろ足枷になるような感じはちょっとどうなんだと思うけど、逆の立場で、30代前後の正社員が自分のような人間をパートタイマーとして雇用したいかというと、やっぱり、いやなのかなと思う。「年齢不問」だなんて事実上何の役にも立っていない。
 
米国などでは性別も年齢も応募時に要求されないと聞いた。日本では無理な相談なんだろう。
 
働く意欲とか、健康とか、有り余っていると自分では思っていても、受け入れてもらえない状況が続くと、どんどん自信がなくなる。もう通用しないのかと世間に対して臆病になる。それなのに健康で元気な無職状態が後ろめたい。
 
昨日、所用の帰り道を一時間歩き、道すがらの、いつもの店によってカレーを頼んだ。お昼時は相席で年配のご婦人と一緒になったけれど、少し会話をすると「奥さん(ワタシのこと)はまだ若いから云々」と言われた。
 
自分が中途半端で、あっちからもこっちからも、はみ出してしまった気がした。
 
ただ毎日のんびり過ごすのは楽でいい。天気さえよければ幸福になる。
私はあまりくよくよ後先を考えないほうだ。「ほう」というよりは全く考えてない、といった方が適切なくらいに。
で、今日も今日とて運動がてら出歩く交差点の後ろから大声が聞こえてきた。ちょっとあれな感じで身がひきしまる。

ちら、とみるとまだ若い年代の男性なのだが、ニッサンするのはパッカード♪の歌を延々と歌っておられる。どうやってこの歌を知ったのだろうかと不思議でたまらなかった。小さい頃におうちで聞いたのか、お年寄りがいて歌っていたのか、思いを巡らせた。
 
春だなあと感じる。
 
ずっと前の地下鉄通路では、後ろを歩いている女性がいきなり「アチャー」と言ったので、何か失敗か忘れ物を思い出したかしたのだろうと思った。しばらくするとまた「アチャー」というので、よほどのことだったのかと考えた。ほどなく三度目の「アチャー」が聞こえた途端に私はものすごく歩く速度を上げたのだった。
 
 
話が前後するけれど、履歴書が返送された翌日、悔しくてもいちどハロワに行って別なところに履歴書を郵送した。ここらで止めてもいいコロナ、とはならないのだ。