角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

ハトの日

 

月曜日の夕方から出かけるのは何だか周回遅れのようで街の中で気恥ずかしく少し後ろめたさもある。周回遅れは水曜日になったって取り戻せない。
 
4月1日の蕎麦店夜の部は、ほとんど客の入りがなく、早上がりをした。3月の下旬にお見えになった常連のお客様は、8%くらいはハッピーとか末広がりとか思えば気が楽、と仰っておられたが、店長情報によると彼は某銀札幌支店の方だ。蕎麦店は実は価格改定をしていないが、戦々恐々としている。
 
私は水曜日を休むので、筍ご飯と筍のみそ汁の朝食をゆっくり摂っていると宅配便が届く。80センチくらいの朝倉山椒の苗木を買った。もちろん衝動買いだ。今朝のご飯には間に合わなかったけれど、自宅で育てることができたら葉も実も商売用に使えるし、と勢いで買ってしまった。送料を含むと現品価格の3倍くらいになってしまったので、後悔はしたものの、大事に育て上げる責任を感じて土と鉢を買いに出た。クロッカスのようなものとか、ハコベのようなものが湧き出るように噴き出すように咲いていて、すごいエネルギーだと思った。蛾のようなものも飛んだりして、あたたかくて曖昧な春の私だ。
 
土が重いのでだらだら歩く道すがら、解体中のマンションらしいものがあって、しげしげと見入った。東京幻想のようだった。
なかでも代々木幻想が胸に焼き付いて離れないのだけれど、市場の跡地だとか百貨店の跡地だとか2020にしたってそうだけど、とても不思議に思う。複雑な気持ちになる。
 
信号待ちで一休みを入れながらずっとだらだら歩く。
 
案外、私はいないのかもしれない。私がいると私が思うことだけで自分がいるわけではないような気がする。私は急速に、どんどん、人に忘れ去られたかもしれないのだけれど、忘れられたかどうかなんてどうやったって分からないし、自分がいないのだと考えてしまえば、もう人に負荷をかけることだってない。

私はATMに感受されないことがよくある。もうあきらめた。右手の指で2回くらいはタップするけれど、あとは受け付けてもらえないので、左手にチェンジする。自動ドアもそうだ。このごろは立て続けに各所のドアが開かない。今日で3か所目だ。土を買いにいったDIYの店では、あっちの入り口もこっちの入り口も駄目で一瞬、今日はお休みなのかと錯覚した。犬や猫でも入れるのではないかと思うので、どうやら私はそれ以下らしい。ハト程度の重さ、なのか、軽さなのか。