角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

打つ。

 
そりゃ私だって、今、オリンピック中であることぐらいは知っている。でも日本中がテレビにかじりついたところで私は大変残念ながら興味がないので、見ない。
新聞も購読していないしテレビも滅多に見ないのでみんながご存知のニュースも知らなければ、話題にも事欠く上に、私には話のとっかかりも接ぎ穂も何もなく、独りにしておけオーラがゆらゆらと漂っているばかり。会話力のある人は凄いと思う。
 
蕎麦店のホールスタッフのきよみさんは、とてもコミュニケーション能力の高い人で、雪まつり中などはしばしば外国人が来店するけれど、翻訳アプリを片手に、片言で誠実に仕事をこなす。一緒になって笑ったりもしているので、一生懸命さが伝わるのだろうと思う。他のお客さまにしたって、もし私ならどう答えるだろうとシミュレーションをひそかに行うと、やはり彼女のようなセンスがあってテンポのよい気転や発想は自分には全くないので、この店に彼女がいることは宝だと思う。
 
私が感心するのは、言葉だけでなく彼女がものすごく働き者なところだ。朝からショッピングモールのテナントでさんざん仕事をしたあと、夏場ならチャリで爆走してきて、夕方4時半頃から店のエンドまでいるから、毎晩深夜の帰宅になるのではないかと思う。パートのかけもちなのだけれど、本人はどちらの仕事も大好きだという。レジも早ければラッピングも得意というし、ワインと酒の知識は半端ではない。店の前の雪はねもすれば、お客様のいない時は硝子を拭いたり、食器を磨いたりしているので、私の倍以上も働くこの人を尊敬すると同時に、こういう人が豊かに幸福になれないのはおかしいと感じる。彼女のこの先を私は案じている。出会いシーンはおろか休みもままならないので既に結婚は諦めたようだし。
 
私なんかは彼女に比べると本当に気が利かなくてぼんくらな愛嬌も愛想もない面白みのない女であって、黙々と包丁を握ったり燗をつけたりしているから、あまりきよみさんとお話することはないけれど、「私の店」が万一軌道に乗って数年持ったら、きよみさんに承継する案はどうかな、と唐突に思った。そしたらもっとずっと繁盛すること間違いなしだと思うんだ。まあ、思いついただけだし、開業も未定だけど。
 
自分の包丁は多少は遅々とした進歩はしているのかもしれない。初めてつま打ちをさせてもらった。桂剥きは店長がした。私はやっとこつを掴んだ気がするけれど、手も小さいので、20㎝もあるような長さの大根では文字通り手に余るのでできない。それで店長が剥いたのをつま打ちしたけれど、すんなりOKだったので嬉しかった。ややこしいけれど刺身の下にいる大根の細いのは広義のつまであるけれど、剣(けん)と呼ぶ。剣をつくる作業が褄打ちだ。で、剣は例えば1ミリ幅に切ったところで、桂剥きの厚さが2ミリならば全然きれいではなくて、厚さと幅がそろわなくてはならない。つまり断面が正方形に近くないと美しくはないのだ。もちろん1ミリでは厚いので、もっと薄く剥いてもっと細く切るのだけれど。そんなところはおそらく誰も評価しない。第一刺身の剣でもなんでも業務用商品がいくらでもあるし。
 
私は、自分のこだわりを人(お客様)に押しつけるような店にはしたくないと考えている。お店のことを書くときに、「(笑)」が早くはずれればいいと思う。私はまだ半信半疑だ。必要以外は言葉を発しないような私がお店だなんて(笑)。  

あっ。誤解を招くといけないので書いておくと、私は口が重い分、聞き上手。ということは全くなくて、面白くない話は聞いてない。だから相槌だけは上手に打つ。褄も。