角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

今日は乳化の実習


クラスに一人、とっても親切な男の人がいて、当然、自分より若いのだけれど、プリントだとか、ノートだとか、とにかく親切にこまめに何かをくれる。
話のついでに、自分の母親の四十九日が済んだばかりだというようなことを口走ったら、ちゃんとそれを覚えていて、仏壇に飾ってくださいと、花をくれた。カーネーションと、何かだった。ちょっとびっくり。仏壇、ないのに。
包丁に貼るネームカードも作ってくれたのは有用だったけど。
 
あんまり親切すぎるので前職はなんだったのかと尋ねると、介護職であったとのこと。
 
 
あと、もひとつは、友人を失いそうな件。
しばしば日記に登場する友人がいて、かーさんが死んだ翌日にはもう、彼に連絡して、母の荷物という荷物に加えて、なんだか嫌な家具なんかも、私は全部捨てたし、納骨のときは、まだ雪のある時期だし、骨壺は重いものだから、同行してもらった。そのときは、気を利かせて彼も喪服で運んでくれた。要するに、べんり屋さんなので、私の家に入ったことは何度もあるし、時間があればお茶も淹れた。
 
でも、私は、私が喪服の時に、何気なく彼の方を見ると、なんだかすごく私を見てたので、それはいわゆる「ガン見」ってやつなのかもしれないけど、驚いた。「私は鈍い」モードで全くスル―したけれど、その後、彼から申し出があった。
申し出というのは、納品や売上数値の管理にエクセルを使いたいから、教えて欲しいというものだ。そんなことは造作もないのでOKしたんだけど、私の家で、私のパソコンで、と言われて、その時は調子良くOKと言ったものの、どう考えてもそれは嫌だ、嫌だと、嫌気分が増し増しして、事務所の方が広いし、土曜日なら誰も出社しないから事務所でよければ、とメールした。以来音沙汰がない。
モニタは角度が変われば全くみえないから、家のパソコンでモニタを覗き込んだりしたら、狭い部屋の中で密着するようなはめになる。そんな意図が彼になかったにしても、私は嫌だ。絶対にだ。

私はボーイフレンドを恋愛対象にすることは全くない。ありえないことだ。
だから、怒りを覚えるのは不適切かもしれないけれど、結構怒っている。友人だと思っていたのに友人関係を破棄しようとする行為だと思うからだ。いくら私が、自分の顔や体がじわじわ劣化していくのを惜しんでいたところで、ボーイフレンド相手に開示などは絶対にしない。親を亡くして気持ちが脆くなっているあたりを、軽んじられた気がしてならない。

 
 
上の話と併せて考えて、それなら、自分がしていることは、どうなんだろう、と思う。
私は、同じようなことを人に対してしなかっただろうか。
好意だから善意だからと、行き過ぎたことをしなかっただろうか。恋愛意識の微塵もない人に不躾なことを言わなかっただろうか。
結局、私が人にされることは、私が人にすることとシンクロしているんだろう。
だとしたら、恥知らずは私だ。恥知らずが信用して欲しいと思うこと自体恥知らずなのかもしれない。
 
信用して欲しいと私は思っている。