角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

大健在

 
奥様に電話を入れるたびに、病状が悪化していくので、しばらく控えていたけれど、数か月ぶりに友人を見舞った。
起き上がることも叶わず、目もほぼ見えず、発声は意味をなさなかった。
しかし頭脳は明晰なままだ。だから話をしたくて体を震わせ、舌をふりまわし、胸は波打つように上下した。
彼は発声する。私はてんで分かんない。何言ってんだか、分かんない。
さすがの相槌王である私も、相槌のうちようがなくて焦る。
 
私が話すと、もっと聞こうと、彼はわずかに顔を傾ける。力をふりしぼって私を聞く。
言葉は彼のかすんだ目からにじみだし、耳に向かって流れた。
帰り際に手を握ると、握り返す力はなく、あたたかいだけの手であった。病人を泣かせた。
 
こんなんじゃ運転に支障があると思ったから、照明の消えてる日曜の待合の奥の自販機の熱いコーヒーを長い時間をかけて啜る。彼の意志を私は聞きたい。希望だけでとりとめているかもしれなくて、私のために泣いてくれたのかもしれないし。
 
私は、ゆーっくりと彼の耳元で、囁いたんだ。
私のメインのクラ社が超絶業績不振のために私の仕事を打ち切りした。と、生臭い娑婆の風を耳に吹き込んだ。
私のお見舞い行動は適切であっただろうか。

病院の外はあかるい良い日曜日だったので、せっかくだからと広い駐車場で後進駐車の練習をした。
あいかわらず下手だった。下手なままで死ぬのは嫌だと思った。
 
眠れないわけでもなんでもなく、食欲がおちる気配もさらになく、私は健在だ。この上なく健在だ。
ネットの星占いでは、どうでもいい関係は今月終了すると書いてあった。
あなたはわたしを終了するだろうか。
 
わたしはあなたの玩具ではなく、珍しい生き物でなく、わたしはただ大健在のわたしであるだけなので、相応しい人生をてきとーに生きる。