角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

相聞

 

青ちゃんのことを、電話口での話し方が随分横柄な人だと思っていたら、実際に会うとちょっととぼけたところのある、ぶっきらぼうなだけの人だった。ずっと営業職だったのが、内勤部門に異動になって隣の部屋に移ったときは、畑違いの業務で所在無げな感じだったのを覚えている。

青ちゃんが、会社を休みがちになったと思ったら、奥さまが病死なさったと聞いた。彼には少しアルコール依存の気味があるんだよね、という話とセットで聞いた。

少し経って、会社の役員のひとりが退任するというので、特別集会があった。

私のお客様社の話だが、行きがかり上、出席した。
退任する役員は作家活動もしている人だったので、やはり作家の人はちがうなあと、うまい話に感心していて、ちょっと離れたところにいた青ちゃんの背中を見ると、肩が少し震えた。
見ていると、どんどん震えて、青ちゃんは肩で号泣していた。

何一つ悲しい話はしていなかったんだけど、きっと青ちゃんは、お天気概況の話をされても、昔話を朗読されても泣いたんだろうと、思った。

聞きたいように言葉を聞いて、読みたいように文を読む。
おはようであれ、ありがとうであれ、もはや言葉は、定冠詞を得て、かつてその人が表現したあの言葉になる。あなたが言ったあの「おはよう」。あなたが書いたあの「3」の文字。あなたが笑ったあの「笑い文字」。あなたが使ったあの「郵便番号」。0から9のすべての数字も五十音もアルファベットも、あなたのあの一音節、一音節のあの空気の振動だ。

書けば書くほど、こなごなになる。ちりぬるを。


会社はほどなく倒産し、消息通が跋扈したが、青ちゃんがどこに行ったか誰も知らない。