角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

あーきのゆうひーに。


母の病院は山のずうっと上にあって、毎週行くので、坂道の運転には慣れた。
慣れたころに冬が来るので、これから先は地下鉄とパスを乗り継ぐことになる。
 
今日あたりが、車で行く今年の最後の日になるんだろう。
 
エレベータを降りると、いつも歌声が廊下に響いている。
 
ただの老人病棟なのだが、母によると90歳くらいのおじいちゃんらしい。
夜も歌いすぎるらしくて、眠剤を処方されるようだ。
 
ベッドに寝たきりで、なあんにもすることがないから、文字通り、おはようからお休みまで、ご飯のとき以外は歌っているんだって。
 
実に天真爛漫な朗らかな、ご機嫌よさそうな歌声で、唱歌から流行歌まで、レパートリーは広い。
 
今日は「もみじ」を歌っておられた。あと、さぎりきゆるみなとへの~というのも歌っていたので、ネットで調べると、「港へ」とばかり思っていたのが「湊江」だったし、「冬の朝」という題名だと思っていたら「冬景色」だった。しかも自分の記憶では二番の後半を一番と間違えていた。
 
尋常小学唱歌とあるけれど、自分はそれほどは古くないので一体いつ覚えたものだろうと思う。
 
おじいちゃんは、きっと自分が子供のときに学校で覚えたんだろう。
 
誰だって、不機嫌な時や体調の悪いときには歌なんか歌いたくもないだろうと考えるとご機嫌の良さが、ひとごとながら微笑ましいと思った。幸福の形はたくさんあるんだろう。
 
母はすっかり常態に戻り、あの時のせん妄状態を自分でも訝しんでいるほどだ。母は明晰な人だ。私は学歴こそ母よりあるけれど、母ほどの頭もなく、母ほどの美しさもなく、どちらかというと屑に近いと思うから、母があと1年くらいで逝くくらいなら、代わりに自分が逝った方がいいんじゃないかと思う。私はあまりいろいろほとんど役に立たない女だ。

好きな人の役に立ちたいだけなんだけど、なんにもできることがないので、ひとり輪唱をしてみた。
 
♪あーきのゆう、あーきのゆうひーに