角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

フル通院の月。

 

定期健診のため歯科に行く。
通常は月一で耳鼻科に行くだけなのだが、数か月ごとの別件通院が重なると医療費がかさむ。今月は血圧の定期検査もあるのでフル通院の月となる。それに加えて暖房器の分解整備を予約したため、前月の稼働がほとんどそれらに流れてしまう。

 

以前、血圧の薬や鼻炎の薬を処方され、一生飲み続けなければならないのだと思ったらいろんな意味で大丈夫なのかと不安になったけれど、最近では薬を飲み続ける一生がどれほどの長さなのかを理解したのでまあいいかなと思えるようになった。

軽微とはいえ完治する方法などない性質の症状であるし、若い時分なら体質改善に躍起になるようなこともあったかもしれないけれど、今はこのまま症状を軽減させてしのげばいいのではないかと考えるようになった。

 

職場の同僚は総じて年齢が高いため、白内障の人、胃がんの人、高血圧の人、ヘルニアの人、喘息の人等々さまざまに病んでおられる方が多い。だからネットなんかで持病があって働けないので専業主婦をしていますというような記事をしばしば、極めてしばしば見かけると、もちろん働けないほどの持病をお持ちの方はいらっしゃると思うけれど、大半が働きたくないのではないかと勘繰ってしまう。

働きたくない気持ちは分かるので別にそれは恥じることでも隠すことでもないと思うのだけれど、言い訳するところが嫌だ。人のことばは大半が言い訳みたいなものだろうけど。

 


さて。
発注した本を待つ間、夕べ寝しなに機龍警察の火宅を読み終えた。前回は読まなかった解説を読んだ。円城塔が書いていたのだが、私がこの作品に抱いている言葉にできないおぼろげな感想を鮮明に言語化していて嬉しくなった。文章を書ける人はすごいなと思う。

 

togetterで知ったのだけれど、中学校の国語で「羅生門」の続編を想像して書くという課題があったそうだ。実に面白そうで今でも心が躍る気がする。下らない読書感想文なんかよりもはるかに楽しそうだ。自分ならどんなふうに何を書いただろうと想像する。いいなあ、そういう課題は。
楽しそうだけれど自分には書けないと思った。
「羅生門」を読んだか読まなかったか覚えていない。ざらっと見ても思い出しもしない。