角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

買えばいいのかもしれない。

 

何をして過ごしているのかというと、ひたすら本を読んでいるので、ややもすると寝食を忘れはしないけれど忘れてもいいかと思うくらい読んでいる。
どうにも面白くてたまらないので、あちこちの区民センターにある図書室に多少の悪天候はものともせずに通っている。その図書室ごとに本の品揃えになんとなくの性格があることにも気がついた。
 
先日は9時始まりの図書室に9時3分頃についてしまい、少し早かったかなと照れるような気分で中に入るとすでに何人かがいて新聞を広げたり、読書してたりして、全員が高齢男性だったので、合点した。
室内はたいていは静かなのだけれど、その日、AさんがBさんに新聞のことで話しかけ、それをきっかけにどうやらAさんはお話好きのようで初対面のBさんに次々と話しをしかけたものだった。
 
私がCさんの近くを通ったときに彼が、読んでいた本から顔をあげ、ちらりとAさんの方を見た。それから私と目が合った。
あ、まずいな、と思ったら案の定、Cさんが、みんなに聞こえるような声で「うるさいな」と言った。
Aさんはまだ話している。ああ、まずいなと思ったときに、図書室のスタッフの人がお話は外で、と言ってくれたので平穏が訪れた。
 
高齢になると身体能力ばかりではなく我慢したり堪えたりする気持ちの能力も弱くなる。だから元はそんなに短気な人間ではなくとも年をとって切れやすくなるという話は良く聞く。どちらもがそういう具合だと、事件だって起こるというわけだ。きっかけなんてどこにでも転がっているし。
で、思ったんだけど、Aさんが話しかけたのがCさんであったら、場面はどう変わっていただろうか。CさんはAさんに、うるさいとか話しかけるなとかは言わなかっただろうと私は思う。
 
ああ、関係ないけど、思い出したので書いておく。
野外で小規模の産直イベントのようなのに出かけたときのこと。両側にテントが立っていて通路は広くない。人通りが結構あって、その時に、こちらからは車椅子の高齢男性、あちらから乳母車に乳幼児をのせた若い母親がやってきて、車輪と車輪がにらみ合うように出くわした。
 
私はここでも、ああなんだかまずいと思って直視できなくなり、その場をすぐに離れたけれど、なかなかとても暗示的で考えさせられる案件ではあった。
 
 
図書室の話にもどると、あと数日で、つまり4月になれば待望の中央図書館が再開する。
ここでは高齢者の小競り合いのようなものに遭遇したことはない。そのかわり子供がときどき泣き叫ぶのだ。これみよがしに、というわけではないだろうけれど、背中のぜんまいを巻いてわざと泣かせているのではないかというような親を見ると、暗澹たる気持ちになる。
私も切れる高齢者になるかもしれない可能性におびえてしまう。