角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

えいっ。

 

お盆を過ぎると判で押したように雲はうろこになり、開けっ放しでいたベランダを閉めて眠る。
 
太陽がどっからどう動くのか私は良く知らないけれど、夏の日の散歩は、確か西に向かって歩いていた。遠くの信号を重そうな犬を抱えて男の人が渡った。渡りきると犬を下ろし、そして、どこからか取り出した杖をつき、1匹と一人と1本は黒いシルエットでよたよたとゆっくり小さくなっていった。
 
それから9月になると、木の陰に良い風が吹く。
今年生まれたようなリスが何かを頬張っている。木の枝を下からのぞくと、あちこちに鳥がいた。本を読んだ。足元を長い長いミミズがどっちかの方向に這っていて、本の合間に眺めるともういなかったので、どっちかに辿り着いたんだろう。しばらく風に吹かれてベンチから立ち上がると、ちょうど私の首にあたって跳ね返ったような位置に赤いオンコの実が一粒落ちていた。さっきのリスなんじゃないか。
リスが小枝の上からオンコの実を私めがけてぶつけたのかもしれない。オンコの実は柔らかく赤く甘い。本州ではイチイと言うそうだ。
 
私は例によって我儘を言い、今月末までの約束のところを先週でおしまいにしたから、どんよりとした気持ちで目覚ましを5時にセットしなくても良くなった。週末と、誰かのお休みの交代要員として出勤するだけなのは気楽でいい。
私は、やめた後の爽快感が欲しくて就活していたのかもしれない。一番幸福を感じたのは店を閉じたときだった。11月の寒ささえ清々しく感じた。ギャラ社を辞めたときも、老人ホームを辞めたときも、本当に幸せだった。
 
かくなる上は、あれしかないだろうと。
巡回展を見に行こうと思い立った。ただ祝日があるあたりは他の人が休みをとれなかったら気の毒なので、避けなくてはいけないし、金曜までには自宅に戻っていたい。
巡回地のどの都市にしようかと大いに迷った。東京なら翌日に帰宅できる。なんなら日帰りでもいいのだけれど、東京振出しなので、期日がひっ迫していて、それで航空券も宿泊費もずいぶんと高くつくから、やめた。それにオリンピックに向かっている東京って、あまり気乗りがしない。
 
長期の周遊は無理だけれど、せっかくなので近場を回りたいと思って、開催地ごとに小さな周遊プランを考えたりして、一日こうやって遊んでいられるけれど、そもそも九州・四国で開催しても当地には来ないというのが何だか。ここはそういうまちだと私は認識している。
 
迷いながらもポチッとした。これまで何の躊躇いもなく事情が許せばすぐにでも手配をしていたものが、このごろは一抹の不安を覚えるようになった。何が、ということでもないから本当に漠然とした体力的気力的不安だ。この春もそうだった。結果は全く無問題だったにせよ、借り物のような不安をなんとなく気持ちの中で転がしてしまうのも年代の特徴なのかもしれない。
 
 
夏であれ、秋であれ、図書館には読みたい候補を検索すると貸出中である場合と、はなから所蔵していない場合とで、すんなり読める確率はたいそう低い。アマゾン中古も地の利がないこともあって、そのうち古本屋めぐりをするつもり。
映画のほうは70日間で68本。最近見た中ではバンクジョブが面白かった。どんなにレビューが良くても途中まで見てギブアップしたものもあれば、酷評だらけでも、とても感動したものもあるので、ひとと自分の感じ方や思い方の違いがさまざまであるのを確認するだけでも面白いと思っている。
 
今週土曜日は満月だ。見えたらいいな。