角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

働け前衛。

 

専門学校で一緒だったカヨさんは蕎麦の全国大会での優秀賞受賞の常連で、目下の目標は全国一つまり名人位と呼ぶのかもしれないけど、それになることだという。直近の大会は来年2月だそうで、そろそろ練習をはじめなくてはと言っていた。もちろん大会を意識しない時期であってもしばしば蕎麦を打っている。地方の大会にも良く参加するので、休みのとりやすい働き方をしている。つまり、カヨさんにとっては蕎麦打ちが自分のメインなのだろう。それに打ち込める環境があるからとは言え、蕎麦を中心にした生き方のようなものが見えて素敵だと思った。
 
一方、私が、だらだらな毎日の中でちょっと思ったのは、アルバイトをするとして、時間給が同じであるならば、私は、今オファーのあるアートな会社ではなくて、あの蕎麦店の方がいいということだ。自分でもびっくりしたけれど、体力はたっぷり消耗するけれど、蕎麦店の仕事の方が好きなのだった。ええ、はい、皿洗いとか。いえ、あの、皿洗いは特に難しくはないので、呼吸をするようにこなしていけば良いので、まあどうでもいいのですが。
  
ではいったい蕎麦店の何が好きで、彼女の会社の何が好きではないのかと考えるとちょっと分からなくなるけれど、つまりは自分がそういう性格なのだろうとしか思えない。彼女自身についてはもう長い知人であるし、私とは正反対なので仕事人としては敬服している。たまに私へのギャラをさぼることをのぞいては。
 
彼女の会社は編集・企画・デザイン・広告・イベント・アートの事業なんかを極めて精力的にやっている会社で、自分の仕事としては限りなく広告代理店っぽい事務作業と現場作業のミックスになるらしい。プレスリリースの原稿を書いたり、企画書を作ったり、展示企画を考えたり、といかにも、今までの自分の好きそうな作業であるにもかかわらず、あまり気乗りがしないのはなぜだろう。
  
たぶん、「まあかわいい、すてき」とギャラリーオーナーである彼女や展示に対して繰り出される、そこそこ富裕だったりするショーニカ夫人の言葉よりも、焼いた小揚げに醤油をかけたり、レンジであっためた卵焼きに「ぜーんぶおいしかった」というおじさんの方が、好きなんだと思う。
 
店で、メニュー以外に「何かない?」と聞かれたことがあって、シシトウしかなかったときに、胡麻油をひいて、醤油と鰹節でさっと炒めてお出ししたことがある。その人は「これ、お代わり」と言った。男の人をかわいいと思うのはそんな時だ。女性にはほぼ絶対、そういうことはない。
 
ああそうか、彼女の会社の仕事内容が女性的なのだ。
昼間っからギャラリーにきたりアートショップでアクセサリーを物色するのは女性がほとんどだ。そんな時間にこれるのは、少なくともその時間帯には働いていない人達だ。あ、それを私は嫌っているのかもしれない。だって蕎麦店には女性客がグループで来られてしこたま飲んでいくこともあるけれど、それは私も嬉しいもの。いつだったか中年に近い4人組の女性グループがものすごい勢いで飲んだり食べたりなさって、彼女らが自衛隊だと聞いて、妙に納得したものだ。でも蕎麦店では働き者の清美さんがいるし、これ以上人を増やさない。
  
とか、ごちゃごちゃ言わないで、働け自分 !
 
私は、退路を断って飲食店に専念します、と嘘ばかりついた。

実は元の会社は、といったって個人事業だけれど、廃業する気持ちにならなかったので廃業していない。口座もそのままなので、私はちょっと目先を変えて元に戻ることを画策しているけれど、仕事周りの技術や知識、それからハード自体も更新しなくてはならない。なにしろ犬的に歳月は過ぎているのだ。
販路を今までの代理店相手から一般相手に求めなくてはならないと思うので、営業力も折衝力も交渉力もコミュニケーション力も説得力もない自分が、そこをどうするか考えもつかない。それでアルバイトと並行しようと思いついた次第。
それでいて独りで何かすることについては、全く懲りないので、そういう意味では私は未来的あるいは前衛なのだ。