角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

まるやま。

 

近隣の公園に登山道入り口があるもので、つい。
子供でも登れる300mに満たない小山だけれど、数年ぶりに上ってみた。きつかった。溶け残った雪で、何度か滑り、転落するとまずいとガチガチに緊張した。ちょっとごついスニーカーを履いただけの散歩がてらの登山なのだ。
 
冷や汗も含み、汗だくで頂上に着くと、既に知らないおばさんがいて、チョコレートをくれた。
帰り道は今度はぬかるみがひどく、何度か滑った。あたりに誰もいないことに気づくと、途端に「クマ~」を思い出したので、店でBGMにしていたスマホの音源を大きくつけた。
 
もういいやと思うくらいに靴が泥だらけになり、やっと公園内に戻ると、ベビーカーの人々に遭遇した。
のぼらなくてもいい急勾配をのぼり、わざわざ歩かなくていいぬかるみで滑っていたのだ。膝がガクガクした。
クマ~に出会ったらどうしようと考えたとき、勿論そんな山奥ではないのだから出没する可能性は極めて低いけど、「私にはまだやらなきゃいけないことがある」と説得しようと思った。で、そのあとで、「やらなきゃいけないこと」って一体なんだろうと考えると良く分からなかったのでクマに合わなくてよかった。説得力にかけるのだった。
 
で、やっぱり山道には小さい鳥がたくさんいて、シジュウカラの仲間だと思うけれど、私の歩く足元にやってきた。帰りは公園の濡れたベンチの隅っこに腰かけて休憩すると、烏がそこらにいるので、ちょっと声掛けすると、じわりじわりと寄ってくるのだった。別に、こっちにおいで、みたいなことは言わない。昼間なので、こんにちはをする。山にのぼったよ、と教えた。
 
そういえば、誰だったか俳句をする人が、我と来て遊べや親のない雀という例の一茶の句について、なんという傲慢な嫌らしい句だ、と震えるような憤慨口調で書いていたのを読んで、なんとなく納得したことがある。
 
鳥でもなんでも、きっと発声の中に敵意がないことを認めて警戒心を解くのではないかと思う。
いかにも私は人畜無害の上に無職なんでございます。
暮れが押し迫って、というほどでもない11月は、きょうみたいに小春日和に恵まれて、結構好きな月です。