角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

いちさんまる。

 

連休の連日の雨模様に130円を持って散歩にでかけた。


車ででかけた先日は灯台に近づく小路で白い鳥をみた。ダイサギらしい。
日ごろ、鳥を考えているせいか、良く鳥に出くわす。松江でも大きな白いサギを見た。


川べりのベンチに腰掛ける。

1羽、烏がベンチの脇に来る。私は鳥を迂回したことがあるが、烏は私を半周した。
次にはベンチの背に飛び乗って右から左へと精査するごとく無言で移動するのだった。

烏は私の何を直観しただろう。私がどんぶりならば、私はただだだもれてとどめ置かず用いられも捨てられもしない駄器である。
鳥の視覚によって存在が在る。私は会うべくして烏に会い、烏こそ、曇りなく私を見るといい。
正しく見、十二分に用いてさらに私のきざすところを考えることで私は名物茶碗に育つかもしれないので、いっそ自分が丼鉢だったら良いのにと思う。

烏が深々と私を見るので、今読んでる本と重ねてみた。

私のバッグが気になるのかもしれないと思って、中をあけて見せ、食べるものが何一つないと烏に告げた。それでも私のそばから離れずにいた。


公園を一回りして帰ろうと、立ち上がって、じゃあねというと、烏はベンチから飛び降りて、2つ3つ後をついて歩いた。

八窓庵を眺めると、地下鉄駅はすぐそばだけれど、初乗り料金は200円なので乗れない。熱い珈琲も叶わなかった。
ゆっくりと西に向かう。西に歩けば家があって、家に戻れば熱いお湯を沸かすことが出来るし、インスタントコーヒーくらいならある。

帰る場所がないのは、どんなふうだろう。

 

2月の末、前夫の最終所持金は130円だったという。


実のところは、住いの残債やカード会社からの借金があったし、実態の見えない闇金からの借金もおそらくあったと思うから、一生の総括は多大なマイナスで閉じた。

20年以上前に離婚し、最後に会ったのは10年くらい前だったと思う。以来ほとんど音沙汰なく過ごしたが、昨年秋頃に私の個人アドレスを知らせて欲しいと、事務所宛にメールが届いた。ホームページで見たのだと言う。要求には応えなかったので用件は知らない。ホームページ情報を通じて前夫周辺の人間からの不愉快な接触もあったため、サイトは閉じた。

事後知った話だが、ちょうどその頃は、それまでの勤め先を退職した時期だという。わけありで遠隔地に行ったため、勤め先の寮に住まいをしていた。すなわち、昨年の秋頃に住まいを失ったのだ。
とはいえ、次の住まいを見つけられないことから荷物類はそっくりそのままにしてあったのだと言う。だから本人もあるいはそこに身を寄せる日があったのかもしれないけれど、確かなことは分からない。

住まいを見つけられない理由は、無職であり、かつ金銭的余裕が全くないからだ。

職を得ようとするときに、しかし、現住所は必須要件だ。年金は市民税滞納のために差し押さえられていたという。
秋口から2月まで、住所不定無職の人間がどこでどんな生活をしていたのかを考えた。その地方は雪が少ない分、寒さが厳しい。
今年に入り、最低気温がマイナス25度になった町もある。凍死しなかったところをみると、友人知人宅に転がり込んだか賭場というようなものがあれば、そこにいたのかもしれない。夫はギャンブル依存症だった。

私はとても疑問に思う。チェックリストにあてはまる箇所が多いし、借金しながらギャンブルを繰り返すのは明らかにそうなのだろう。しかしながら、どれほど困窮しても経理マンの立場を利用して会社の金銭に手をつけるような人間ではなかったし、恐喝や詐欺、窃盗などの犯罪行為を企てる人間でもなかった。それは絶対に信用している。
荷物のあった部屋を片付ける際、いわゆる汚部屋の状態の中に履歴書と新しいワイシャツがあったという。

130円で出来る、未来につながることを考えた。必要経費が130円以内であることと、今日や明日の生活費を含めて130円を活かすことは根本的に違う。私たちは自分が130円しか、この世の中に130円しか持たないとき、何ができるだろう。何をすればいいだろう。どうやって生きればいいだろう。私はそれをずっと考えていた。すでに携帯電話は使えなくなっていただろうし、交通機関も利用できない。

私は何も考えつかなかった。

誰かが手厚くしてくれて、何か仕事を見つけたとして、何が彼を救うというのだろう。自分が生きている根拠を失った人間にとって生活は苦痛でしかないのではないか。そしてまた賭場に足を向けるのだ。性質的な自業自得ではなくて、あくまでも病気だというのなら、誰が彼を治し得るのか。そして治った果てにどんな生活があるのか。他に何ができたというのだろう。

130円になるまで手をこまねいていたとでもいうのか。

そして私は思うのだけれど、彼と私と何がどれほど違っているだろう。
厳寒から数か月を過ぎても私は考えている。あれ以外に何があったのかを。そしてバカバカしくてたまらなくなるのだ。

当地を転出する前にお約束のように彼は自己破産手続きを済ませたのだけれど、手続き費用は当時30万円くらいだった。
30万円は高いか安いか妥当かどうか。

私は、元の得意先社のカリスマ社長が、すべての資産の名義を妻にして自分は自己破産したのだが、以前からの豪邸に今も住んでいて、本人の口ほどの困窮はなく高額な年金で安泰であることを知っている。前夫はどの袖を振ろうと30万円を用意できるはずはなく夫実家が用意してくれた。

 

昔、将棋好きだった彼に、ひいきの棋士のどこが好きかをたずねたとき、きれいな将棋を打つ、と言った。
早朝、大きなパチンコ店のそばを車で通ったことがある。若い人も含めてたくさんの人が列をなしていた。私が、こんなに朝早く起きられるんなら、働いたらいい、ああはなりたくない、と言うと「そうだなあ」と言った。

私は毎日のように考えている。130円を。自分が何をすべきで、何をすべきではなかったかを。私が何も考えつかない限り、私は彼と同じかもしれない。


大きなパチンコ店の傍らの歩道橋で、ダブルスタンバイとでもいうのか、二度と戻らないように周到に、130円でできるだけ遠く。

彼は人生を掻き壊した。