角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

もしかしたら不誠実な私。

 
評判の良い個人経営のスーパーがあって、無料配達区域からやや少し外れているので、無理を承知で無理かと聞いてみた。飲食店であるので、量と頻度も高いことを理由にして。
 
結果、けんもほろろでございましたし。メディア露出も多い、大変有名なお店なので、そういうものかなあと思った。
ウチは1週間に5万円の買い物をしていただくお客さまもいるので、そーゆー場合は区域を外れても融通を利かせているから、そちらの購入状況をしばらく見させていただいた上で可能であれば無料宅配しますです。とか言うので、別に「見させていただく」とか言われたくないので、マーケティングというのは下品なものだなあと思った。
というか、ものには言い方があると思う。日経ビジネスオンラインでも確か随分前に取り上げられた店だけれど、電話は代表者ではなくて、担当者だったけれど、多分どこかの大手スーパー上がりと思われる感じの人が、慇懃無礼な上に早口でまくしたてた。私は早口の人は大そう苦手なのだ。半分くらいしか言ってることがわからなくてぼーっとすると、お前はばかかとでもいうようにますます早口で何か言い出すので、本当に苦手だ。自分で分かっていることをあらためて人からばかだと言われる筋合いなんかないんだし。
 
横紙破りをする気はないけれど、やっぱりものには言い方がある。もう、もうね、誰も相手にしてくれないのは分かったから。
  
 
さて、きょうは、朝から高速バスで小樽まで行き、いちばでいわゆる地魚を買った。八角とほっけとさんまを、加減したつもりだけれど旅行用カバンにいっぱいになって、烏賊も欲しかったけど、とにかく重い。ちょっとした旅行気分を味わえるので、毎週行けたら行きたいものだ。
 
店の料理をどんな形で提供するかをずっと迷って今でも決めあぐねている。大きな皿や鉢に盛り込んだ惣菜をカウンターに並べる形式に変更すると、大きな皿や鉢を買い足す必要があって、ここで万単位の出費が発生する。
あまりカウンターにものがあるのは好きではないけれど、仕上がったものの置き場所がないのでやむをえずカウンターに鍋だのボールだのを置くかもしれない。どうしたものか。
 
皿鉢を置くとむきだしのままになるのが自分は嫌だ。必ずや咳やくしゃみを食べ物のそばでする人がいると思うので、それに対して自分が相当に腹が立つのも目に見える。自分が客なら、そういうところで食事したくない。どうしたものかなあ。
 
私は本当に自分が不思議だ。なにひとつ自信も勝算もない上に、店の口座はこのままいくと今月末の家賃がないけれど、私は困った、とか思いながらも胃が痛くなったりもしなければ、食欲もあるし、第一眠い。とても他人事のようなのだ。こういうのを胆力というのかどうか知らないけれど、どうにもいい加減なものだ。
 
勝ちの構図は、多分今、自分に見えないだけで、「ない」わけではないと思う。
たぶん学校関係の先生方は鼠が船から逃げ出すように、あいつに構うな、ということなんだろうし、管理会社のアドバイス通りに動くのも、もちろん善意のものではあるけれど、人の言うとおりにするのは危険だと私は考えている。
自分が考えつく、考え至ることでなければいけないんだと、それだけは信じている。

ああ、なんか、文章がだらだら散漫に過ぎるけれど、もひとつ。
店のブログとここの日記の両方を知っているのは世界中でただひとりだ。ここの日記だって、私はひとりにしか教えていない。書いていることすら他の誰も知らない。
贅沢だなぁ(笑)