角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

どれだけ「らっきょう」を検索したか。

  
あの、らっきょうくさいんです。
 
いえ、私がじゃなくて。
  
店のことは、ご興味ないと思うんで書きませんよ。
とか意地悪なことを言うとそもそも駄文そのものにご興味がなかったりする場合をどう乗り越えたらいいかわかんないので書くと、店は結構つまんない。
 
居抜きの場合に予算していた決して潤沢ではない額を、そのままスケルトンでも予算金額として押し通しているので、すわり心地の良い椅子だとか感じの良い空間だとかは望むべくもなく。
なんのこだわりもないので、どうでもいい、と言ったところでその実は、まず絶対にどうでもいいわけはないので、思うところはたくさんあったのだけれど、恐らく学校祭のバザーのごとく、あるいは芝居のセットのごとく、間に合わせ的安普請的空間になるのではないかと危惧している。
 
いやだとか好きだとか、自分の好みをいえば青天井になること必至なので、いたしかたなく。
でも、あんまりなしつらえでは、きっと自分は途端にやる気をなくすんだろうなと思うけど、まあ仕方がなく。
第一、そんなに素敵な空間で、素敵でない私が素敵でない料理もどき(笑)をお出しするのは可笑しいのだから、ものごとは分相応にしておけばよいのだと思う。
 
ほんの少し考えて、それから、気分で、融資を受けないことにした。
なぜなら利益のでないうちに、あっというまに返済が始まるのは相当なプレッシャーになるし、それを行動動機とできるようなワタシではない。それに融資を申し込むには、事業計画書を作る必要があるけれど、仮に半年後に黒字転換するという計画を立て、何か数字を作った時点で逆に、それを根拠なく信じ込んでしまう危険性があると思った。立地環境をリサーチしたり、各種調査をしたところで、最も漠として評価できないのが、料理そのものであったり、接遇であったり、自分のキャラであったりするのだから、数値計画自体が現在の自分にそれほど意味のあるものとは思えない。
 
それと、とても残念なことだけれど、小規模席数にしたので利益がでない。身体が辛いので、一日中営業したりはできないから、どう転んでも利益はでない。
 
私は、きちんと休む飲食店にしたいと考えてきた。ずっと考えてきた。ちゃんと休息することは私がBBAであろうとなかろうと、大切だ。
たぶん日本で一番たくさん休む店にする。
 
繁盛店が定休日とか連休とかにすると、途端に顰蹙をかってしまったりするのは変だ。ブラックをブラックにしているのは企業の中の人だけではないと思う。サラリーマンなら有給休暇が当たり前で、飲食店は休んじゃいけない、みたいのはヒトとして間違いだ。
そういうときこそ「ふざけるなし!」と飲食の人は声を上げてもいいんだと思う。それで店が回らないのなら、問題は別なところにあるのかもしれないし、休みなしに働いても働いてもなかなか利益がでないと、つい、あのえびをこのえびと言ってみたりすることもあるかもしれない。
 
 
赤字続きを思うと、脂汗が滲むけれど、さて、これからどうなるのかな。あまり考えてない。ただ機嫌よくご飯を作っていたい。
 
らっきょうがらっきょうくさいのは、バラの木にバラが咲くようなものなので、らっきょうにいいがかりをつけても可愛そうだけれど、それにしても。
塩漬けの瓶があっちの部屋にあるにも関わらず、なかなか強烈なので、あまり近隣の迷惑になりそうなら、今後のらっきょうの身の振り方も考えなきゃいけないレベル。