まだ若い取締役の人が前に立って挨拶を始めたのだが、一言二言しか話してもいないのに息は荒く、言葉は途切れ、これじゃあだめだと思った。
椅子の下に置いたバッグからハンカチをとりだすのをまたず、私のフォーマルスーツにばらばらこぼれてしまったじゃないか。これはまずい。
昔、彼と彼女は同じ部署に働く同僚だった。彼女は、ポニーテールの首筋の白い、小さくて華奢なひとだった。書く文字も小さかった。
彼の方は、最初にお目にかかったときはスキーか何かで骨折したとのことで松葉杖をついてはいたものの、スキーもサッカーも得意なスポーツマンで、新卒の気概に満ちて元気な人だった。
彼は彼女をずいぶん好きだったようだけれど、彼女にはすでに決まった人がいて、いつのまにか退職して嫁いだ。
会社はそれから数年後、暮れ近く、事実上倒産してしまい、彼はそれを契機に翌年独立起業した。
小さな会社というのは、社長自らが牽引力をもたなければいけないけれど、10数人のスタッフとその家族の暮らしを引き受けるのは容易なことではなかったと思う。数年前にお見かけしたときは、かなり白髪の目立つ人になっており、驚いたことがある。
それから10年近く経つ。
彼女はとうの昔に離婚しており、彼と再婚した。彼の方は初婚だったかどうだったかは知らないが、そういう事情もあって結婚式は挙げていなかったのだという。
きょう、友人代表は古い会社での同僚だ。同じ部署にいた。正月3日に、彼の自宅で酒を酌み交わしたではないか、と震える声で言う。
その後、彼は家族とともに、休暇をすごすために南の島に向かい、シュノーケリング中に意識不明となった。
真冬の通夜は鎮まりかえった。
夫人には、サプライズで、島での挙式を予定していたのだという。
上のお嬢さんは、4月から新一年生だ。
社長が大好きだったんだと、嗚咽まじり、号泣寸前の挨拶の人が言う。
彼、47歳。若白髪の笑顔の遺影であった。