角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

太巻き以降(笑)。

 

きのう私が持ってった太巻きを美味しいといいながらしゃちょーが全部食べ、熱いお茶を飲んだあとで、我々は夫婦みたいじゃないかと言う。
咄嗟に言葉を返せないタイプなので、笑っておいたものの、内心は逆上した。そういう愚劣を聞くのは2度目だ。
そんないまいましいことがあったせいもあり、今日の会議で大喧嘩した。というか、勝手にしゃちょーが激昂した。
 
頭の良い人だとは聞いているけれど、数表的に弱点があるようだといつも思っていた。本日もしゃちょーが作った事業計画がまるでだめだったので、こんなものは役に立たないと言ってみたら、ひどく怒りだした。
 
曰く、まだ項目の数値が何一つ確定していないから、正確なものが作れない。事業にGOサインをだすかどうかの材料として作っただけだ。なにゆえ、それに対してイチャモンをつけるのであるか、と彼は怒りまくったのだ。
 
正確な数や仕様が分からないといって、見積もりをだせない人間を知っているけれど、それと同じだなあと思った。
 
仮数値でよいから全必要項目を羅列しといて、原資から収支をシミュレートしないと判断材料にはならないと言ってみた。数値を出さないと、どの部分のコストを削減できそうかも分からない。借入金の返済も事務所の経費も入れ込んでいないから、赤か黒か全く分からない。納税充当金だの保険料だって概算を入れなきゃ、商売の原価と売上がぎりぎりつりあったところで、会社的には赤になるだろう。よって、何のためにこれを作ったのだ、役に立たないではないかと、言い放ったので、すっかり激怒してしまったというわけだ。
 
iさんが必死にフォローするけれど、しゃちょーはメンタル的に強くないのか、それきり言葉を発しなくなったので、めんどくさい男だなあと思った。きっとピンで立つ社長業には不向きだ。
余裕のあるときは私に対して「可愛い顔してきついことを言うんだな」とか言うけれど、だがそれもかなり嫌だ。顔と仕事と何か関係があるのかと思う。第一この年齢で可愛いとはコレイカニってもんだ。
 
仕事のことはいろいろ少し考えていて、なんだか、こういうふうに起業して新規事業を起こすというようなやり方は、いけなくはないかもしれないけど、全く別の生き方・暮らし方があるような気がしてならない。
自分は冷淡というかクールであるから、自分のこれまでの会社を解散したことはしたのだけれど、そっこーで個人事業を同じ屋号で開業しといた。意味的には個人成りしたことになる。
 
自分が心から面白いと思えないものに何もかも投げ出すのは変態めいているので、新会社に追加資金は1円も差し入れていない。ずいぶんのらりくらりとかわした。
 
私は大口をたたくほどの仕事経歴は何一つないけれど、自分自身ができることを持ちよらなければ小さい会社は動けないはずだ。信用力はゼロなのだから、広告営業も厳しいだろう。本当にやりたい仕事なら身銭を切るべきなのであって、ひとさまの金銭で個性だの主張だのを表現するなんていうのは、なかなか厭らしいと考える。
そして身銭を切れない時点で起業なんてすべきではないのだと思う。もちろん何にだって例外はあるけどそれはそれとして。会社の理念とか理想とするところは真っ当だけれど、それを具現化できる力量は我々にはない。
 
仕事のことは、自分の気持ちが揺れるので、書き連ねるとただ単にブレる女の怪しい日記になる。
けれど今は、無理に何かを始めようと動くよりも、今の状態が続くようであれば、借入金に手をつける前に一括返却し、事務所も恥を忍んで契約を解除し、そうやって更地状態に戻せばよいと思っている。
人には適材適所ということもあるし、時間をかければ育つこともあるけれど、有能であっても多分しゃちょーは、今現在ウツワではないし、iさんに私の仕事人生を重ねるのは危険だ。
影社長が強い影響力と発言力をもっている状態もよくない。
 
影社長が非常に私を気に入っていると、前に書いたけれど、その話を別のGさんに話すと「急に気に入られるような謂れはないのではないか」と言われ、自分が危惧していたことをストレートに言葉に出された。
 
このGさんと影社長と現しゃちょーは所属は違うがなかなかの闘士だったようで、お互いに学生時代からの顔見知りだ。イデオロギー的確執は続いているということか、ああ面倒くさい。影社長はしかも詩人だ。なんって面倒くさいんだ。
 
あ、しゃちょーの表には、我々の給与も載ってなかった(笑)。
営業マンにだけ給与を出して、自分たちの給与のない会社とか。
 
しゃちょーが「夫婦みたい」とか気持ちの悪いことを言わなければ、私は、もすこし優しい言い方をしたかもしれない。しゃちょーは、もしかしたら寂しさゆえに私を気に入っているのかもしれないけど、そういうのは何度も書くけど、まるでいやだ。

仕事場の愛玩女ではないのだ、私は。
 
私はただ単に面倒くさがりでかつ相当に頑固な馬鹿者であって、絵も文も彫刻もガラスも写真も茶碗も筆も旅もドライブも温泉も学校も、ひとつの方向を向いたまま動けないでいる。いや、動かない。