角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

鍵の夢。

 

明け方、カギを失くす夢を見て目が覚めた。部屋の鍵も車の鍵も失くしてしまい、けっこうな失意と途方の暮れ方だったと思う。夢占いとか夢判断によると、カギを失くす夢は、悪夢とのこと。解決の糸口が見つからない焦燥とかそんな解釈だった。夕べからの強い風が、ますます強く、日中は風速14とかだったので、寝ても覚めても悪夢のなかにいるようだ。

学校から校外実習希望先に連絡をし、あとは面談や書類等の形式を整えたらOKになる。先方から、体力は大丈夫なのか、とか、なぜウチの店に、というような質問があったらしい。ということは、当たり前だけれど、全く歓迎はされていないということだ。それは本当に当たり前なので、仕方がないと思う。

ただこれまでなら、さまざまなシーンで、相手方の予想を逆転させることは比較的簡単なことだったし、歓迎されない雰囲気を感じたにしても、何とかうまくかわす自信のようなものがあった。そこが今と昔と大きく違うところだ。
私は、先方の予想を覆すことができないかもしれない。私はどこか、何か、ショートカットを考えるべきなのだ。

たいていの場合、頑張りたい意欲ほどに体は頑張りきれるものではなくなる。

だから定年制が65歳になると、年下の上司のもとで働くのが今以上に必至になるだろうけど、どんなもんかなあと、サラリーマンの人をとても気の毒に思う。

その後を暮らせる財力がもしあるのなら、私なら、早々にそういう組織体制から辞去するに違いない。

頭を使っている人ならば特に、65歳の頭脳は何の遜色もないけれど、仮にとても小さな声で話かけられるとか、とても小さな文字の印刷物があるとすると、見えにくい・聞こえにくい状態は、それだけで限りなく仕事的無能感を、自他ともに感じるところとなるのではないか。

世の中にこんな切なくてかなしいことがあるのかと思う。

いや、たくさんあるけど。それにしても。

最近知った英語の言い回しに、hold all the chipsというのがある。チップはあちら側に行ってしまったのだ。

 

今日はチャイを作らなかった。こんな日に熱々の甘いチャイは五臓にしみるんだろう。