角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

きゃあの効用

 
やっと修理を終えた車が戻ってきたのは12月に入ってからだった。
ご親切をいただいたけれど、触りたくなくて放置し、年が明けてやっと先日の休みにエンジンをかけた。
 
今年の冬は雪が多く、青空駐車場で、自車だけが雪を頭にのせたままだった。
小一時間かけて雪をよけた。翌日が晴れならプールに行こうと考えた。翌日は晴れだったが、車には乗れなかった。
 
あれほど好きだった運転なのだが全く乗りたくなくなってしまい、触りたいとも思えず、正直に言うと見たくもなくなっている。仕事回りの人と話していて、結構ひどく車が壊れたと言うと、そうやって壊れるのも安全性能の一つなのだと言われた。車時点で衝撃を受け止めるんだと。
 
ぶつけたときは極めて冷静で声も立てずこわごわではあるけれど落ち着いて交番まで行ったのだが、その話をきいて、だからなのではないかと考えた。「きゃあ」とか言うのはメンタル的な安全を考えた時に有効な衝撃吸収行為なのだと思う。

日常では表面的に落ち着いている分、自分が中で壊れているのではないかと思った。
 
人は突っ張って強がっていても、こらえていても、いくらでも中で壊れるもんだと思う。

少なくとも今冬は乗らないし、春先になっても乗れないなら、車を処分しようと考えている。