角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

悉皆薄

 

土曜日の母は、ありもしない話を話して泣きだした。
医者は認知症のはじまりかもしれないと言うが、私は、半信半疑だ。
 
どんな荒涼が母の中に広がっているのか見える。
何であれ、それでどうすると言う事もなく、治療なく、快癒なく、あと1年くらいしか生きられないんだろうねぇと母が言う。いつも言う。もうずうっと前から言うので、かあさん、それは違う。と私は言ってやりたいが、私は声を出さないで、母の抽斗から甘納豆の小袋を取り出して頬張った。
 
日曜日、焼きものを見たくて近郊都市まで行く。
巡回展ということもあり、見応えのある作品が多かったように思う。
珈琲を飲みながら中庭を眺めると蜻蛉の空であったので、海をみたくなり、それから海に向かう。

悉皆薄の原野では、薄がてんでに方向を持たずに揺れており、だから薄を荒々揺らすのは風ではなくて時なのだと思った。
 
母親の泣き顔なんか、見たくないものの筆頭なので、なんとか遠く、忘れたくて遠くに車を走らせるけれど、かあさんも薄のようにぐだぐだに揺れて惑っているんじゃないかと、薄の後で病院に向かう。ありもしない話だって、泣いているんじゃしょうがない。悲しみは悲しみだ。
  
 
不条理の話にさらわれないように、私は少し力んで部屋に入るのだが、
日曜の母は、きっぱりと正常であった。
   
特に用事はないんだけれど、と言って、母の抽斗から甘納豆の小袋を取り出して頬張った。