角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

忘れられるのは寂しい。

 

道路の雪がほとんど溶けてしまった。これが凍結すると大変なのだけれど凍結しないわけがないので大変さも織り込み済みの慌ただしい年の瀬。

もうこんな時間になってしまったのでこれから映画をみることはかなわないだろう。第一眠い。
一日の疲れはその日のうちに取りたいので昨日はアミノバイタルを飲んだ。

なんとなくすっきりしないときは、水分不足が大いに関係あると思う。朝、nalgeneの1リットルボトルに水を入れてその日のうちに飲み切ると丁度いい摂取量になるはずだが、今見ると朝入れた時のままだった。1滴も水を飲んでいないというわけではない。食事時の味噌汁とかコーヒーくらいしか飲まなかったということだ。
全然足りない。
水分がきちんと足りていれば毎回アミノ酸を補給したりアリナミンをのんだりする必要もないと考えるものの、なかなか職場で水分をとれないのは先日書いた通り。
アミノバイタルは最後の1本だったのでまた購入しておこう。

先日買った雑誌をまだ開いていない。大事にし過ぎてしまったかなあ。誕生日のお祝いに買ったはずなのに。誕生日は過ぎてしまったのに。

毎年、ショートメールではあるけれど息子から連絡があるのに今年は夜になるまで音沙汰がなかった。口惜しかったのでこちらからメールをしてみた。今日は誕生日なのだよと。
後で知ったがその日から仕事は休みに入っていたというのできっと遊び呆けて忘れていたようだ。だからなんだということなんだろう。こうやって嫌な年寄りになっていくのかもしれない。忘れられるというのは無闇に寂しいものだから。紅まどんなさえあればいいというものではないのだね。

その紅まどんなの感想を伝えるのを失念していたため、どの果実もひとつ残らず美味しかったと伝えたら、どうやらそれを待っていた気配がした。親子といえどもきちんと伝えるところは伝えないと気持ちがすれ違うようだ。
折り返しの年齢だねと書いてきたので、これが折り返しなら一体私は何歳まで仕事をするんだろう。100とか120とかか。

平和裡という言葉があるかどうかは知らないけれど、平和に今年も暮れていくようでありがたい。