角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

いつかの夢の空。

 

#1
 
DZMさんは、私が地下の厨房で惣菜を作っていた時の、販売パートの人で、私よりひと月くらい後に入ってきて、顔を合わせるなり、挨拶もそこそこに愚痴オンパレードだった人だ。
寒いとか、喉が痛いとか、トイレが近くて大変だとか、脚がむくむとか、時給が安いとか、こんなはずじゃなかったとか、とにかく。そしてひとしきり愚痴ったあとで「来月辞める」と言った。
 
ほぼ毎日シフトに入りたいと希望したらしく、店が撤退するまでの殆ど全ての私のシフト日に彼女がいた。会うたびに飴やらチョコレートやらをくれる人だ。
彼女は毎回何かをやらかしていた。ラベルのプリンターを使えなくするのも頻繁で、それは完全に私の仕事ではなく販売の人の作業なのだけれど、動かないから代わりにやってくれと私に振ったりもしたし、オフの人にわざわざ出てきてもらったこともある。
 
DZMさんは口数が大変多く、息をするように何でも喋るのだった。私がいいかげん面倒になって相槌も打たなくなると、「DZM疲れでしょ」と言う。その通りだ。
 
DZMさんは、最初の給料がでると、試用期間は時給がもっと安いのだけれど、それを面接の時に言われなかったとすごい剣幕で社長に朝から電話をしていた。結局差分なんかは出なかったけれど。
DZMさんが、話と違うからもう出勤しなくてもいいかな、と言うので、そういうことをすると社長と同じレベルになってしまうし、安いといえども働いていれば幾ばくかの給料がでるのだから、きちんと最後まで勤めた方がいいよと、その月末に辞める私が言った。
 
店が撤退することが全員に知れ渡ると、DZMさんは自分の携帯番号をメモ書きしてくれた。ひとけた足りなかったので、実に実にDZMさんらしいと半ば感心するような気持ちになったけど、黙っていた。私の番号をうっかり教えると、その夜だったか翌日だかに電話がきた。仕方がないから出ようとすると切れたので、まあ初回だからということで私からかけると愚痴の続きや愚痴の復習を一時間くらい聞かされた。
たしかその翌日も電話が鳴ったので、面倒だから出なかった。
出かけている間に都合4回着信があったので、それだけで私は少し怒りモードになる。二度と出ないでおこうと思った。
 
最終日が近付くとDZMさんは、時々電話してもいいかとか、時々ランチをしようとか言うので、機会があればと返事をしておいた。みんなが散り散りになってから一度か二度、着信があったと思うけれど。
 
派遣の仕事が決まったと聞いていたので、売り場に行ってみたらいなかった。次の派遣先がどこかは分からない。もう電話は来なくなったし、私から電話をすることはない。
 
先日、DZMさんからもらった飴がバッグのすみっこから出てきたのでガリリと噛んだ。私がDZMさんに救われていたのではないかとちらっと思った。
一番はじめにもらった飴は、なんだか嫌で捨ててしまったのだけれど。

 

#2
 
傘を持たないでまちにでると、大雨になった。どのみち地下を歩いているので支障はない。1000円カットに行って、デンマルクでコーヒーを飲んで、それからユニクロを眺めて買物はしなかった。ちょうど良い時間になったので、私は、その日、店長に会いたかった。6月までパートをしていたあのコンビニの店長に。
辞める時に「私に会いたかったらこのくらいの時間に顔を出せばいいよ」と言ってくれたので、ああ店長はあくまでもポジティブなんだなと思った。
そのくらいの時間には早朝から勤務している店長がきっとここを通って帰るに違いないので、30分間と時間を決めて外の大雨を眺めていたら、制限時間になったので、帰宅した。
ご縁があれば会えるだろうし、ご縁がなければそれまでだ。店に顔を出しさえすれば会えたのだけれど。
もしかしたらまた急に会いたくなるかもしれないけど、待ち伏せってのも何だか不気味だし、電話をしてまで会って話したいことがあるわけではない。あの辺は良く通るので、やはりご縁があれば出くわすこともあるかもしれない。
 
 
その場限りの八方美人であるだけで、多分、人から好かれたいと思っていないので、私は誠実な対人関係を築けない。関係は環境が変わればリセットするのが普通なのだとずっと思ってきた。むしろ人の気持ちに踏み込むのが怖い。怖さがあるから慎重になるかと思えばそうでもなくて、不器用さのあまり乱暴なぶち壊し方をすることがある。
 
 
誰に好かれなくても平気なのは、あなたがいるからだった。誰に好かれなくてもあなたには嫌われたくない。
 
いつかの夢の空のよに、という空は、私の夢の空は、暗黒であった。私は怯えている。