角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

捨てたいのだが。

 

ガールズトークっていうよりはガールズ遠くみたいな自分ですが、困ってることを熱心に書いてみたい。
仮名キヨさんは専門学校時のクラスメート。在学中よりも卒業後に食事会や何かで話をするようになった人。そのキヨさんが店のオープン時に、自宅にあった、つまりわざわざ購入したわけではない花瓶と絵画をもってきてくれて良かったら飾ってね、いやなら返してね、と言ってくれた。
ありがたく使わせてもらっていたけれど、店を閉める時に考えた。これはいただいたものなのだろうか、借り受けたものなのだろうかと。
それで本人に返却したいから会おうとメールすると、それはその時に話し合おう、とりあえずランチでもということで会った。
車でくるなら強引に持っていって返却するという手段もあったのだけれど、かさばる荷物を持参するのもどうかと思い、手ぶらで会った。そのときは、品物の話をきりだす機会もなかった。
 
二度目に会ったときも車ではなかったので、持参せず、そういう話題もお互いに忘れていた。
 
で、それ以降キヨさんとは連絡が途絶えた。今にして思えば、最後の食事会は先約があるからとキヨさんが欠席し、私も仕事があって欠席し、それきりになっている。
 
なんだかもう何ヶ月も経ってしまったので、連絡することそのものが億劫になっている。それは先方も同じだと思う。仲良しというほどの親密さはなかったのだし。なんとなく店を開くというアクションに興味を惹かれただけなのだろう。
 
私は荷物の整理をしはじめていて、忘れていたキヨさんからの品物を思い出し、いったいどうしたものかと考えて困っている。
そもそも、お祝いとしていただいて良いものだったのだろうか。わざわざ購入したものではないから「お祝い」というのも気が引けるという意味で、いやなら返してくれていいよと言ってくれたのだろうか。
 
キヨさんが私に贈呈した、と考えているなら、店をたたんだからといって返すのも変な話だ。貸与と考えているなら、最初に連絡したときに、じゃあ返して、と言う話になったんじゃないだろうか。むしろそうして欲しかった。
 
本当に困っている。笑い事でなく。私は世間の常識を知らないし、知ったところで世間の常識が誰にでも通用するとも限らない。身の回りの世の中のことが全部、自分がどうしたいかだけで決められるなら楽なんだけど。
 
私は、捨てたい。
 
もうキヨさんにお目にかかることはまずないと思うので。でもきっと捨てられずに狭い部屋に持ち込むことになると思う。
 
人に何かを差し上げるのは本当に難しいものだ。案外、消えものがあっさりしていいのかもしれない。フラワーアレンジメントは、もう泣くほどいやだったという話は昨年書いた。
 
せっかくの贈り物に行き違いが生まれるのは勿体無いから、聞かれたときには観葉植物と言ったりもする。
過去に2回ばかりあった。伸びしろのある幼木を育てるのが好きだから小さいのが欲しいと、お願いしたのだけれど、意に反して大きなものや成熟した果実のついたものなどをいただいて、ありがたいことはありがたいのだけれど、ひとのはなしを聞いてないなと感じたものだ。尤も、お祝いにてのひらにのるような鉢植えではしょぼいと思われたのだと思うけれど、そういう時は、それに加えて羊羹の一棹でもあれば十分だ。