角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

6月になると


6月になると事務所のベンジャミンの若木が次々に葉を繁らせた。光沢のある青葉をつまんで、「Mちゃんは、こんな感じだね」と言うと「ありがとうございます」と笑う。

彼女は、春先に事務所にやってきた期間限定のバイトさんだが、ひと月たち、ふた月たちするうちに、仕事を楽しそうにこなすようになった。勘の良い快活なお嬢さんなのだった。だから、彼女の成長ぶりが若葉のようだと思ったのだ。
大学を卒業して5年ほど経つが、一度も正社員になったことがなく、アルバイトをして独り暮らしを凌いでいるというので、時代の生きにくさを身近に感じたものだ。
 
アルバイトが彼女一人のうちは、そんな会話も時々はあったけれど、次第にアルバイトの人が増え、第一、彼女らは私のカイシャに入ったわけではないので、最近では出退勤時の挨拶を交わすくらいしか接点がなくなった。
 
今日は彼女のバイトの最終日だ。私は自宅作業を決め込んで昨日も今日も事務所に出なかった。自分は独り現場なので、その事自体はとくに問題ではないが、挨拶できなくて申し訳ないとメールを送信しておいた。Mちゃんの、真面目に頑張ることのできる資質は宝だと書いた。
 
夕方、返信が届く。
誰にも告げていないけれど、5年ばかり前に脳腫瘍で入院をした。人生観が変わった。と言うようなことが短く書かれていた。
 
 
休み続けていると、事務所の魚が飢え死にするので、事務所にでかけた。
チョコレートやキャンディが満載だったMちゃんの机は、すっかり片づいていて、午後には、別の人が席に座っていたし、魚はジャッという感じで方向転換をしていたし、6月になれば、ベンジャミンの若葉があおあおするに違いない。