角度ノート

駄文も積もればログ資産。かもね

足りない人

  
今の消費税が、その導入前に売上税として取り沙汰されていた頃は、ウインドウズもインターネットもなしに仕事を始めたばかりの自分は、代理店から発注されてプレゼンやらコンペの企画書をワープロで作成していた。
そのときすでに彼は若くして局長になっていたと思うが、その局長に発注された企画書をぜんぶ、もう表紙から見出しからぜんぶ「売土税」に誤入力してしまったことがある。いろんな意味で恥ずかしすぎるために、今まで他言したことがない。
言い逃れできないバカさ加減を露呈したと共に多大な迷惑をかけた。

しかし、なにひとつ、一言も誰からもお咎めはなかった。

この人は天才的なプランナーで、当時、自宅で仕事をしていた私の家で徹夜で原稿を書いたりした。天才は極めて悪筆であった。彼の字を読めるのは私だけだと言われた。分からない文字があったら、適当に書いておいてくれとか、もっとわかりやすいチャートができるなら好きなように、と私に任せる余裕が、この人にはあった。

今夜、今はない「潰れた会社」で育ち、ちりぢりになった彼の元部下や元同僚らが集まった。

多忙な面々を引き寄せる人の力を思う。

私の失敗は葬られたけれど、どれだけの仕事をどんな風に私がこなしたのかを知っている人が、いなくなるのは嫌だ。

私は社員ではなかったが、訃報メールは「元××の社員の皆様」で始まっていた。
私は会社の一部だったのではなく、その会社が私の血肉としての一部だった。

 

顔見知りばかりの通夜の席で、ここに居ない人を思う。

すでに先立たれた方の無念を思う。
彼の直属の部下で、リハビリ中で列席できない「私の友人」の無念を思う。

あの人も足りなければ、この人も足りなかった。